
まぁ 釣るために書いてはおくがラルクのken tetsuが読むギターマガジンの話 ギタリストjinmo氏のギターマガジンでの連載最後の文。友人のブログから抜粋 『あなたが今好きな音楽(デスメタルでもブルースでも)は、生まれた時から好きだったわけではなかろう。ある時”それを好意を持って触れ、そして・・・これが重要だが・・・、好意を持って好きとゆう状態に我が身を置いたのだ(人はこれを劇的な出会いと呼ぶ)”理由が無いからこそ無垢な愛であり、後から説明不可能となる(逆に言うならば、理由とゆうのはその対象との間に何らかの利益と損失を生み出す関係にある時のみ必要となる)アイドルの追っかけをしている少女が好例。少女はどっぷりと愛する華園に、理由もなく身を沈める。あなたもいくつかの華園を持っているだろう。ここでちょっとした好奇心を持ってあなたの周囲の無限に広がる華園を見て欲しい(音楽に限らず、雨の音、換気扇、車等々)。あなたが不快、無関心に感じる全ての禁断の華園が、あなたに理由も無く嫌われながらも、あなたが遊びに来てくれるのをひっそりと待っているのだ』 待ってるんだよこの文を読んだおまえが気づいてくれるのをおまえが関心のないジャンルたちが待ってるんだよ 私が楽しければそれでいいそんなんでステージに立ってる演奏者の努力をピックアップできんのかいな ノキノン系もヴィジュアル系もファンがあれじゃあなぁ奏者が新しい試みをしてもいつも通りやれだの昔の方がいいだの奏者が浮かばれんわ